ライオンでは、「より良い習慣づくりで、人々の毎日に貢献する(ReDesign)」をパーパス(存在意義)に掲げています。
今回お話をうかがったのは、絵本や雑貨をはじめ多様な作品を創作し続けているtupera tupera(ツペラ ツペラ)の中川敦子さんと、全国のこども食堂の支援を通じて、誰も取りこぼさない社会の実現を目指して活動する認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ(以下、むすびえ)の遠藤典子さん。家庭では母であり、仕事においても子どもと接する機会があるお二人に、「子どもの幸福×創造性」というテーマで対談いただきました。
「体験」の不足は、自己肯定感と相関関係があるとも言われています。子どもたちが幸せに生きるためにはどのような体験が必要であり、大人はどのような環境をつくっていけばいいのでしょうか。お二人の対談を通して、そのヒントが見えてきました。
感度が高いからこそ、子どもはいろいろなことに気づきやすい
作家ユニット「tupera tupera」として、パートナーの亀山達矢さんとともに、2002年から活動を始めた中川敦子さん。美術大学でテキスタイルを学び、卒業後はファッションや雑貨などの仕事に携わっていたそうです。そんな中川さんが、絵本作家として活動を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
中川:私たちが大学を卒業した頃から、子どものための本だと思われてきた絵本が大人の間でも人気になり、絵本専門の雑誌やお店が増えていって。私たちも、デザイン性の高い海外の絵本や日本のナンセンスな絵本など、さまざまな絵本に触れる機会を得て、表現の幅の広さに魅了されていきました。
そんななか、絵本作家の五味太郎さんとの出会いがあったり、自分たちの作品を観てくれたお客さんから「絵本をつくってみたら?」と言われたりして、自費出版で一冊絵本をつくったことが活動の始まりです。そこからどんどん絵本の世界がおもしろくなって、引き込まれていきました。
代表作である『かおノート』や『しろくまのパンツ』をはじめ、tupera tuperaの絵本は、海外でも翻訳出版されています。「知育や教訓など難しいことは考えず、自分たちが純粋におもしろがれるものをつくっています」と話す中川さん。創造的な仕事において喜びを感じるのは、どのような瞬間でしょうか。
中川:絵本はタイムマシンのようなもの。うちの子は小学生と高校生ですが、いまでも絵本を開くと「この絵本を読んでいたとき、子どもがあんな顔で笑っていたな」と、思い出が瞬時によみがえります。読者の方にお会いしたときも「この絵本は大事な1冊なんです」と、その絵本をめぐるエピソードについて語ってくださる方が多いですね。誰かの大切な思い出の中心に、自分たちの作品があるというのは、幸せなことだと思います。
「中川さんにお会いすると言ったら、周りのみんなから、好きな作品名やそれにまつわるエピソードが一斉に届きました」と話すのは、むすびえの遠藤典子さん。大学卒業後、大手人材採用支援企業に入社し、営業として活躍していたという遠藤さんが、キャリアチェンジを決めた理由とは?
遠藤: 私は37歳の時に初めて子どもを授かりました。ただ、仕事が大好きだったので、出産後わずか4か月で復職。それまでと同じように、仕事にまい進し続けました。家族や同僚は協力的でしたが、いま振り返ると、やはり初めての子育てに不安を感じていたんですね。「頼ってはいけない」「自分でなんとかしなければいけない」という思い込みにとらわれて、しんどくなってしまったのです。
出産から3年後、考える時間を持つため大学院に進学。「子ども」「フードロス」「地域づくり」などをキーワードに、ソーシャルベンチャーやNPOの活動に参加するなかで、全国のこども食堂を支援するむすびえの活動を知ったそうです。
遠藤:子育てをするなかで、頼れる人のいない寂しさや、つながりの希薄さに課題を感じていて。そうした私情も重なり、地域の方々が子どもたちのために動いている姿を見て、純粋に感動したんです。こういう方々が近くにいたら私も寂しくなかったかもしれないし、「ほどよいお節介を再生産」してくれるこども食堂には可能性と価値がある。そんなふうに感じて、まだ設立2年目だったむすびえに思いきって履歴書を送ったことが、キャリアチェンジのきっかけになりました。
仕事でも家庭でも、子どもと関わる機会があるお二人。そんなお二人にとって、「子ども」とはどのような存在なのでしょうか。
中川:子どもは正直でピュアですが、感度が高いからこそいろいろなことに気づいて、大人に対して気を使ってくれているなと感じる場面が多いです。
遠藤:大人が思っている以上に、子どもは「わかって」いますよね。そのことを心に留めながら発言・行動していきたいな、とつねに思っています。
「余白を広くとる」「同じ目線で自由に楽しむ」という習慣
中川さんは、tupera tuperaの活動の一環として、全国でワークショップなどのイベントも開催されています。子どもたちと対面で交流し、体験の場をつくった背景には、どのような思いがあったのでしょうか。
中川:ワークショップの場では、偶然居合わせた人が2〜3時間一緒に過ごすことによって、独特な一体感を育むことがあります。そういう時間を過ごすことは、子どもだけでなく、大人にとっても刺激的な体験になるのではないでしょうか。ワークショップを開催すると、案外、大人のほうが張り切って取り組んでいて、おもしろいですよ。
「つき添いで来たから」とはじめは一歩下がって見学していたお父さんたちも、いざ制作を始めるとスイッチが入り、子どもそっちのけになりながら集中して取り組むのだとか。完成度の高い作品を仕上げたお父さんが、発表で周りの人から拍手されている姿を見て、子どもたちも誇らしげな笑顔を見せるのだと言います。
遠藤:親と一緒に何かに取り組んだり、同じ話題で盛り上がったり、そうした同じ目線での体験が、子どもの幸せにつながるのでしょうね。小学2年生の息子も、私が旅行好きだと知ったとき、旅行予約サイトを活用していろいろなプランを提案してくれました。子どもの積極的なエネルギーを、大人が日々キャッチして受け止めることも大切なのかなと思います。
「体験」の場は、日常生活にもたくさん潜んでいるもの。例えば絵本では、2、3人でのぞき込み、同じタイミングで感情を共有する、という体験ができます。仕掛け絵本なども数多く手がけている中川さんは、読者のリアクションを想定し、どのような工夫を凝らしているのでしょうか。
中川:絵本は簡潔な言葉で物語が展開されるので、文字だけを拾っていくとすぐに話が終わってしまいます。例えば、商店街が描かれたページに「にぎやかな商店街です」と書かれていたとして、文字だけ読んですぐにページをめくってしまうと、想像力はかき立てられません。
でも、「魚屋さんはどんな会話をしているんだろう?」とか「このお店ではこんなものが売られている!」とか、絵の中にじっくり入って見ていくと、その世界はどこまでも広がっていくはずです。受け手の感性に委ねる部分もありますが、つくり手としてはすべてを説明し過ぎず、そのページにできるだけ長く滞在してもらうための余白づくりを心がけています。
受け手の感情や思考をコントロールしようとはせず、余白を広くとって、自由に遊んでもらう。それは、むすびえの活動にも共通する価値観のようです。
遠藤:こども食堂が話題になるにつれて、多方面から「こういう仕組みにしたほうがいいのでは」とご提案いただく機会が増えました。ただ、こども食堂の良さは、地元の人たちが自発的に、柔軟なやり方で運営している点にあると思うんです。活動を長く続けていくためにも、余白は広く持っておきたい。行政に対しても「ルールをつくらないでほしい」と伝えています。
中川:枠をつくると、どうしても柔軟性がなくなって義務感が生じてしまいますよね。
遠藤:そうなんです。こども食堂の運営の形式は、月1回の開催から、365日運営する、朝ごはんも提供するなど、地域によってさまざまです。その多様さを失わないために、余白を守ることも、私たちの役目だと思っています。
お二人の話を通じて、日常のなかで「余白」を意識する習慣が創造力や自主性を育むためには大切だと感じました。同じ目線に立って自由に楽しむ姿勢を意識することもより良いコミュニケーションにつながるのかもしれません。
「ごちゃまぜのコミュニティ」に属することが、自分らしさの発見につながる
遠藤さんは、以前、ライオンの「おくちからだプロジェクト」のプロジェクトリーダーを務めていました。このプロジェクトの目的は、「歯と口の健康」をテーマとした体験プログラムをこども食堂などの居場所に提供し、子どもたちのオーラルヘルスケアの習慣化と自己肯定感の向上に貢献することです。
遠藤:これまでの歯みがき教育は、歯の大切さや正しい歯みがきの仕方など、知識を伝えるだけで終わっていました。しかし、それだけだと子どもたちに前向きな気持ちで取り組んでもらうことは難しく、習慣化にはつながりづらいです。「おくちからだプロジェクト」では、とにかく楽しくインプットできることを重視。子どもだけでなく大人にも一緒に参加してもらうことで、同じ年代の子どもを持つ親同士が歯みがきの大切さを語り合うなど、多様な交流が生まれていきましたね。
こども食堂のような「ごちゃまぜのコミュニティ」に属することが、子どもの自信を育んだり、自分らしさを知ることにつながったりする、と遠藤さんは言います。幅広い世代と交流する体験は、子どもの創造性を豊かにし、発想力や柔軟な思考にも大きな影響を与えるはずです。具体的には、どのようなことを学び、どんな力を身につけていくのでしょうか。
遠藤:人見知りをしない子でも、知らない大人のなかにポンと放り込まれると、最初はやっぱり萎縮します。ただ、そのうち慣れてくると「今回も来たよ〜」って、顔見知りのおばちゃんにギュッと抱きついたりするんです。ほかにも、たまたまその場にいたおばちゃんに、「この絵本を読んで!」と物おじせずにお願いしたり。そういう光景を見るたびに、月1、2回の運営でもこんなふうに信頼関係が育まれるんだ、と熱いものがこみあげてきます。
家庭で見せる顔と、こども食堂で見せる顔が、ちょっと違う子がいるのもおもしろいところ。家ではお手伝いをしないのに、こども食堂では積極的にボランティアのお手伝いをするとか。家ではわがままを言わないのに、こども食堂ではごねるとか。いろいろな人に構ってもらうことで、普段とは違う側面が引き出されるのかもしれません。親以外の頼れる大人が近所にいることは、子どもにとっての安心にもつながると思います。
「無責任な褒め言葉」が子どもの創作意欲につながることも
大人との関わりのなかで、子どもたちは物理的にも感情的にも、さまざまな「体験」を重ねていきます。では、そのような場で子どもと接するときに、大人が気をつけるべきことはあるのでしょうか。
中川:ひと言で言うと「過剰なおせっかいをしないこと」。こども食堂とは立ち位置が異なりますが、ワークショップでも同じことが言えますね。私たちが初めてワークショップを開催したときは、『魚がすいすい』という絵本の巨大バージョンを、段ボールを使ってつくるワークを企画していました。前日まで「導入では、海にどんな魚がいるかみんなで話し合ってもらおう」など細かい段取りを組んでいて、図鑑も用意していたんです。
ところが、いざ現場に行って、「海にはどんな生き物がいるかな?」と聞いた途端、みんなが一斉に知っている魚の名前を叫び始めて。なかには、マニアックな魚の生態を語り始める子もいました。その光景を目の当たりにした瞬間、段取りなんて気にせず、子どもの意欲やエネルギーに任せたほうがいいんだと気づいたんです。
大人がすべきことは、創造力を具現化するための材料・道具をふんだんに用意するなど、子どもにはできない準備をしておくこと。また、ケガなく終えられるように「カッターを使うときは声をかけてね」などと安全面での配慮をすること。そういったことさえしておけば、子どもたちは創作の海を自由に泳いでくれるんですね。
子どもに対する接し方について、遠藤さんは、こども食堂に参加している地域のおじちゃん・おばちゃんからも学ぶことが多いそう。
遠藤:おじちゃん・おばちゃんたちを見ていていつも思うのは「無責任に褒めるパワーも必要」ということ。子どもたちは、たいしたことではなくても「えらいね」「すごいね」と褒めてもらえると、積極的にお手伝いをしたり、学校であった出来事を話したくなったりするんですよね。そういった創造性を引き出す無責任な褒めと、学ぶ環境を整えてあげたいという親の気持ち、子どもにとっては両方必要なんだと思います。
中川:そうですね。私が親になって驚いたのは、「早く宿題やりなさい!」といった、典型的な母のセリフを口にしていたこと。独自のスタイルで生きてきたつもりで、子育ても「自分なりに!」と思っていたけれど、やはり気になることは一緒なんですね。周りの子と比べながら、「もっと習いごとを増やしたほうがいいかな?」とか「塾も必要かな?」とか、急に心配になることもあります。
親や学校は、できないことがあると「がんばってできるようになりなさい」と言ってしまいがち。でも、勉強でも運動でも芸術でも、それぞれ得意不得意はありますよね。だから、できないことはもっと軽やかに、潔く手放して、得意で好きなほうを進んでいけばいいんだよと伝えてあげることも、ときには大事かなと思います。
子どもと接するなかで知った感覚や、見えてきた課題を自分の内に取り込み、さまざまな活動につなげているお二人。最後に、今後取り組みたいことや、実現したいことを教えていただきました。
遠藤:むすびえでの私の役割は、企業のみなさんに対して、活動を応援していただくための働きかけをすることです。住みやすい街づくりや、子育てしやすい地域づくりと聞くと、どこか他人事のように感じてしまうかもしれませんが、じつは社会に生きている私たち全員が当事者なんですよね。こども食堂を通じて、子育てや地域、人と人とのつながりにもっと目を向けていただき、「自分ごと」として何か活動してみたいと考える人の輪を上手につなげていきたいと思っています。
中川:今回の対談を通して、「こども食堂」も「絵本」も、それを開くことでそこに「場」が生まれるという共通点があるなと感じました。相手が見えない世界ではなく、体温を感じられる距離で人と人とがつながれる場づくりが、これからもっと大事になってくるような気がします。作家として、自分たちのクリエイションにつかう時間もじっくりと取りながら、次世代のためにそういった新しい大きな取り組みもしていけたらなと思っています。