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ヨシダナギさん×JICA職員の
対話から見えた「世界の衛生習慣」

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ライオンでは、「より良い習慣づくりで、人々の毎日に貢献する(ReDesign)」をパーパス(存在意義)に掲げています。

今回お話をうかがったのは、写真家として少数民族のエネルギッシュで誇り高い姿を撮影しているヨシダナギさんと、JICA(ジャイカ / 独立行政法人国際協力機構)職員として世界各国で支援活動を行なっている定本ゆとりさん。開発途上国を中心に各国で活動されているお二方に、「日本と世界の衛生習慣の違い」というテーマで対談いただきました。

衛生環境が整わない土地での生活も日常の一部となっているお二人は、訪れた地域でどのような習慣や、そこに潜む課題を目にしてきたのでしょうか。時に大変な思いをしながらも、活動を続けてこられたモチベーションの源とは?

開発途上国の社会課題は、見えないところに潜んでいる

幼少期からアフリカ系の民族に憧れを抱き、アフリカを中心に世界各地の少数民族を撮り続けてきたヨシダナギさん。その旅の様子は、テレビ番組でもたびたび紹介されています。

ヨシダ:最近訪れたのは、インドの最北部、ヒマラヤ山脈の西端に位置するラダックという地域です。そこに暮らす「ラダッキー」という少数民族に会いに行ってきました。ラダッキーは「花の民」とも呼ばれていて、民族衣装がとてもかわいいんですよ。

ヨシダナギさん|LION Scope | ライオン株式会社
ヨシダナギさん
現地で撮影したラダッキーとの写真(画像提供:ヨシダナギさん)|LION Scope | ライオン株式会社
現地で撮影したラダッキーとの写真(画像提供:ヨシダナギさん)

そんなヨシダさんのお話に「インドには何度も訪れたことがありますが、ラダッキーのことは初めて知りました」と目を輝かせるのは、JICA職員の定本ゆとりさん。主に開発途上国のインフラ整備や人材育成などを行なうJICAで、20年以上にわたり保健医療や農業開発の支援に携わってきたそうです。

定本:私は現在、エジプトやタンザニアなどの保健医療分野の支援を行なっています。具体的には、病院の医療サービスの質向上や、日本における国民皆保険のような制度の導入サポートなど。これまでにも東南アジアやアフリカを中心に、さまざまな地域への協力を進めてきました。

JICA職員の定本ゆとりさん|LION Scope | ライオン株式会社
JICA職員の定本ゆとりさん
麻疹・風疹のワクチン製造方法の技術をベトナムへ移転し、完成したワクチンをご自身のお子さんに接種させたときの様子(画像提供:JICA)|LION Scope | ライオン株式会社
麻疹・風疹のワクチン製造方法の技術をベトナムへ移転し、完成したワクチンをご自身のお子さんに接種させたときの様子(画像提供:JICA)

仕事やライフワークで開発途上国を訪れることも多いお二人。現状を見て感じるのは「以前にも増して貧富の差が激しくなっている」ことだと言います。

定本:ここ数年、高層ビルが次々建ったり、交通インフラが整備されたり、都市の景観だけ見ると発展している国が多いように思えます。その一方、手入れが行き届いていない環境で暮らしている人もまだまだ多いのが現状です。たとえば、水道インフラが整わず安全な水を確保できていなかったり、一見ふくよかに見えているけれど栄養不良だったり。その国の中央省庁や地域の自治体ですら、こうした現状を把握できていない場合があります。

ヨシダ:国としては発展しているように見えても、見えないところで置いてきぼりになってしまっている人が存在するんですよね。開発途上国が抱える一番の課題は、見えないところに潜んでいるように思います。

じつは「きれい好き」な人が多い? 現地で感じた衛生面に対する意識

そうした国々で社会課題のひとつとされているのが「衛生環境」の改善です。牛の血やヤギの頭など日本ではなじみのない食べ物だけでなく、にごった水でつくったコーヒーなども、現地の人から振る舞われたら躊躇(ちゅうちょ)なく口に運ぶというヨシダさん。衛生的とは言い難い環境が「彼らの日常」であり、溶け込んでみれば意外な一面が見えてくることもあるそうです。

ヨシダ:アフリカやアマゾンの僻地は、世間一般では衛生環境が整っていない地域とされていると思います。でも、いざ現地に入って少数民族の人と一緒に生活してみると「私よりずっときれい好きだな」と感じることが多いんです。

みんな、掃除や洗濯をこまめにするし、頻繁に手を洗います。ただ、にごった川の水で洗濯をしていたり、手を洗うときの水が泥水だったりするので、本当の意味で清潔かと問われると悩ましいところですね。

少数民族の人が暮らす生活圏には、汚染が進んでいる川も少なからずあり、その水を使うことで病気になってしまうこともあるそうです。衛生的とは言い難い環境が、人々の命をおびやかしている現状を目の当たりにしたとき、ヨシダさんはどのようなことを思うのでしょうか。

ヨシダ:彼ら・彼女らには病院に行く術がないことも……。その場合、体に不調が起きていても自然治癒を待つことになります。でも、それだと死因がわからないし、汚れた川の水の危険性にも気づけない。

近くに病院があったとしても、受診へのハードルは高いようです。場所によりますが、現地の病院代は安くて100円くらい。私たちだったら「100円で救える命がある」と考えてしまいますが、現地の人たちからすると100円はものすごい大金なんです。だから、「病院に行く」という選択肢を気軽に提案することはできません。

救える命はたくさんあるけれど、それを実現できるかどうかはまた別の話で……。もどかしさは覚えますが、こちらの価値観を押しつけないように気をつけていますね。

ヨシダナギさんと定本ゆとりさん|LION Scope | ライオン株式会社

開発途上国には、女性に関する課題も多く存在します。ヨシダさんと定本さんも、生理中に隔離されたり、妊娠中も気遣われず過酷な労働を強いられたりする数多くの女性たちと出会ってきました。

定本:たとえば、女性の外出に厳しい地域だと、お母さんや女児は予防接種に行けません。そうした場所では、助産師さんや看護師さんがワクチンを打つために家を回りますが、どうしても漏れが出てしまって接種率に男女差が発生します。ほかにも、ワクチンに対する偏見によって、なかなか接種が進まないこともあります。

このような現状は社会的・文化的な背景からくるものなので、外から介入するのはなかなか難しい。JICAでは、医療技術の向上や医療サービスの拡充に関する支援はもちろん、何かあったときに相談してもらえる関係性を築くことで、そのような現地の課題にもアプローチしています。

「おしゃれでいたい」という意識が健康の維持につながる

開発途上国のなかでも、ライオンと深い関係にあるのがバングラデシュです。インドの東側にあるこの国は、1990年代まできわめて貧しく、腐敗臭漂う街中や残飯マーケットの様子を描いたルポルタージュも話題になりました。しかし、近年では急速な経済成長を遂げており、2003年ごろにもバングラデシュを担当していたという定本さんは「当時は、首都のダッカに高層ビルが立ち並ぶ光景なんて想像できなかった」と振り返ります。

街中にも公衆トイレが増え、衛生環境は改善しつつあるように見えます。とはいえ、手洗いや歯みがきをはじめとする衛生教育までは手が回っているといえません。このような現状を受け、ライオンは、2023年にJICAを通じて子どもの衛生教育に関する啓発活動を実施しました。

定本:私はJICA本部でこの活動を担当しました。現地での具体的な協力内容は、バングラデシュ全土にわたる小学校の先生に向けた、手洗いの啓発イベントです。紙芝居を使って手洗いの重要性を説いたり、雑菌の洗い残しがわかる液体で手を洗ってもらって、どのような洗い方だときちんと汚れが落ちるかを実際に体験してもらったり。そこでお伝えした知識を先生方が学校に持ち帰って広めることで、子どもたちへの衛生教育につなげられればと考えています。

JICAを通してライオンが、バングラデシュの子どもたちの衛生教育を支援した取り組み(提供画像)|LION Scope | ライオン株式会社
JICAを通してライオンが、バングラデシュの子どもたちの衛生教育を支援した取り組み

知識をただシェアしても、それが「自分ごと」にならなければ行動変容は生まれません。衛生教育の発展にも「現地の人の主体的な関わり」が必要だと、ヨシダさんと定本さんは口をそろえます。

ヨシダ:開発途上国のなかには歯みがきの習慣がない地域もあり、むし歯によって歯がスカスカになっている人も少なくありません。その点、アフリカ人は歯を大事にしている人がたくさんいます。木の枝などで、暇さえあればおしゃべりをしながらでも歯を磨いているんです。

このような習慣には、多くのアフリカ人による「おしゃれ好き」や「美意識の高さ」が関係している気がします。衛生教育のためには「むし歯予防のために歯を磨こう」だけでなく、「美しさを保つために歯を磨こう」というような、ポジティブな促しをすることも大事かもしれませんね。

「相手のことを知りたい」という気持ちがコミュニケーションの第一歩

ヨシダナギさんと定本ゆとりさん|LION Scope | ライオン株式会社

衛生意識を高めるうえで、現地の人たちのポジティブで主体的な関わりが重要と話すお二人。とはいえ、そうした行動を促すには、信頼関係にもとづいたコミュニケーションが欠かせないように思います。お二人は、現地の人たちとどのように接しているのでしょうか。

ヨシダ:世界中どの国の人も、自分たちの知らない環境やそこでの文化に対して恐怖心を抱く傾向があります。でも、ネガティブな情報だけを信じて距離を置くのはもったいない。危険な地域や衛生環境が整っていない側面があるのは事実ですが、もう少し深掘りしてみたら、きっと魅力が見えてくると思います。

「アフリカ人のかっこいい姿を伝えたい」という思いから、少数民族の撮影を始めたというヨシダさん。出会って間もない人々ともすぐに打ち解けてしまう印象がありますが、コミュニケーションにおいてどんなことを大切にしているのでしょうか。

ヨシダ:先ほど話した「恐怖心」を拭うようにしています。現地の人たちにとって、ルーツの違う私たちから笑顔を向けられたり、一緒に生活したいと言われたりするのは特別なこと。だからこそ、私は「あなたたちと友だちになりたい」という気持ちを素直に伝え、リスペクトを持って笑顔で接します。それだけで、驚くほど仲良くなれるんです。

ヨシダさんの写真に惹かれて、あるいはJICAの活動を知って、少数民族や開発途上国に興味を持つ人もいるでしょう。現地の文化や習慣は、私たちのそれとは異なる部分が大きいですが「理解しようと気負うのではなく、違いを楽しむ気持ちが大事」と、定本さんは言います。

定本:親しくなりたい人と接するとき、私たちはその人の興味・関心を知ろうとし、価値観に触れようとしますよね。世界の国々でもそれは同じです。「地域」や「民族」と大きく括るのではなく「個人」として接する、人対人で関わることが、コミュニケーションの第一歩ではないでしょうか。

自分の行動で、誰かの人生が好転するかもしれない

ここまで「日本と世界の衛生習慣の違い」という切り口で、お二人が現地で目にしたこと、その経験を通して感じたことをお聞きしてきました。活動内容は異なるものの、「人との関わり」によって気づきを得ていた点は、お二人とも共通しているように感じます。

定本:支援に関わる仕事をしていると「病院や橋をつくってあげる」「そのための技術を提供する」というように、一方的に与えるだけの関係になりがちです。もちろん、それによって一時的に救われる人はいますが、根本的な解決にはつながりません。

何かを変えるには、自分で考えて実行してみたという「成功体験」が必要です。押しつけにならないかたちで、現地の人たちが「自ら行動を起こしたい」と思うきっかけを提供していけたらいいですね。

ヨシダナギさんと定本ゆとりさん|LION Scope | ライオン株式会社

支援の先には、つねに人の存在があります。さまざまな考えや価値観が混じり合い、思いどおりにいかないことも多いはず。そのようななかで、定本さんが活動を続けるモチベーションは、どこから湧いてくるのでしょうか。

定本:以前、アフリカのマラウイという国で、農業支援のプロジェクトに携わったことがありました。活動を5年続けた結果、プロジェクトは無事に成功。あと5年支援を続けます、とマラウイの農業省に提案したところ「日本にはやり方を十分に教えていただきました。これからは自国の政策として育てていきます」というお返事がきたんです。

私たちの支援を通じて、現地の人たちが課題を認識し、自分たちの力でなんとかしていこうと覚悟を決める。そんな瞬間に立ち会うたびに、胸が熱くなり、やる気が湧いてきます。

ヨシダさんは、以前は「少数民族に会いたい」という思いだけがモチベーションであり、撮影することにはそれほど価値を感じていなかったそう。しかし、パンデミックを経て、少数民族以外の撮影にもトライした結果「写真家・ヨシダナギ」だからこそできることを考えるようになったそうです。

ヨシダ:以前、私の写真展の会場で「ナギさんの写真がきっかけで世界に興味を持つようになり、青年海外協力隊に加わることに決めました」と声をかけてくださった方がいました。また、国境なき医師団に入った方や、貧しい国で起業をしたという方から連絡をいただいたこともあります。

私はただ自分がかっこいいと思う写真を撮っていただけなのに、結果的に誰かの人生にも良い影響を与えられていた。そうしたことを実感させていただけて、とてもうれしく思いました。私や定本さんはたまたま世界で活動していますが、日常の些細な瞬間でも、誰かの発言や行動に影響を受けることってありますよね。誰でも誰かの「きっかけ」の人になれる。人とのつながりには、それだけの力があるのだと思います。

ヨシダナギさんと定本ゆとりさん|LION Scope | ライオン株式会社

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