100年以上にわたる界面科学の探求。進化を続けるプロフェッショナルたち

洗剤から化粧品、食品など、あらゆるものづくりに関わる界面科学領域。ライオンR&Dでは界面科学を重要な基盤研究と位置づけており、専門部所を設けている。はたして界面科学とはどのような研究なのか、昨今の研究トレンドや生体への応用などについて紹介する。

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界面科学

“境目”で起こる界面科学

性質の異なる「物質」同士が触れると、そこには境界が生まれる。これを「界面」と呼び、この境目で起こる現象を研究する分野が「界面科学」。
例えば、コップに注がれた水の表面は、気体である空気と液体である水の界面。界面はいたるところに存在し、「濡れ」「接着」「表面張力」「分散」「吸着」「乳化」など、様々な現象に深く関わっている。

生活をとりまく様々な製品に、 界面科学とそれを応用した界面活性剤が 活用されている。

“混ざる状態”に繋げる界面活性剤

界面活性剤とは、界面に作用し性質を変化させる物質で、その変化を応用して製品がつくられている。例えば、通常、水と油は分離し混ざり合わないが、乳液やマヨネーズなど水と油が混ざり合った製品は数多く存在する。この混ざり合った状態になるのは、“界面活性剤”が水と油の境目、つまり界面の性質を変化させているからである。界面活性剤は洗剤をはじめとして、オーラルケア製品や医薬品、化粧品、さらに食品にも幅広く応用されている。

界面の様子と、界面活性剤の機能を模式化

INDEX

界面科学に魅了されたワケ

試料の状態を確認する森垣研究員

「界面科学の奥深さや面白さに気付いたのは、製品の味や匂いなどの香料に関する研究を通じてです。研究を進めていく中で、なぜこの香料は製品に配合すると香りの感じ方が変わるのか、香料の状態の違いが味や匂いにどのような影響を与えるのか、どんどん追究したくなりました。そのためには、製品の中で香料がどのような状態で存在するのかなど、界面科学の知識が必要だったんです。これをきっかけに界面科学について調べるようになり、ライオンが展開するほぼすべての製品に界面科学が深く関わっていることに気付きました」

その後、森垣研究員は香料の研究から界面科学の研究へと担当を変え、より深く界面科学を研究するように。まず担当したのは、衣料用洗剤。広く使用されている植物由来の界面活性剤(α-スルホ脂肪酸メチルエステル塩、以下MES)の衣料用液体洗剤への活用検討だった。
MESは洗浄力が高いことに加え、植物由来の原料として環境配慮が可能な点から、東南アジアを中心に、海外の衣料用粉末洗剤に広く利用されている。海外における衣料用液体洗剤の市場も伸長しつつあったが、MES自体は室温で固体の物質で、海外でも北東アジアのような東南アジアよりも比較的涼しい気候環境下では、液体洗剤へ配合すると析出することが知られていた。そこで、MESの液体洗剤への応用に向けた安定化検討を進めた。

「当初は、自分自身の界面科学に関する知識不足を感じていましたが、ライオンが洗剤のメーカーとして長年にわたり検討してきた研究結果から、多くのことを学ぶことができました。また、界面科学に関連する学会に参加して最新情報を収集したり、実験の合間を縫って界面活性剤が洗剤中で形成している“ミセル”という状態を深く追求する独自の実験にも取り組みました。研究の甲斐あり、MESの液体洗剤への活用技術は確立しましたが、最終的には製品への活用は見送りました。ただ、そこで得られた界面科学に関する知識は、ライオンにおける多くの研究活動に活用できましたし、界面科学はライオングループのすべての製品に繋がる技術であることに改めて気付かされました」これまでの研究を通じて界面科学の土台を築いた森垣研究員は、自身の研究がさらにその先の研究活動に活かされていると話す。

「納得感を持って使っていただきたい」、その使命感から界面状態の可視化を目指す

顕微鏡で界面状態の観察を行なう橋本研究員

界面科学は衣料用洗剤や台所用洗剤に使われる技術と想起されることも多いが、実はそのほかにもオーラルケア製品や医薬品といった幅広い分野の製品に活用されている。また、界面科学研究としては、界面をコントロールするだけでなく、その界面状態を可視化することも重要な研究となる。最新のプロジェクトでは、橋本研究員を中心として、オーラルケア分野においても、開発された技術を可視化する研究が進められている。

フッ素は歯の再石灰化を促し、う蝕予防の効果を発揮することが知られており、多くのハミガキに配合されている。しかし、歯みがきにより口腔内に入ったフッ素は、すすぎで流されてしまう場合が多く、う蝕予防効果をより高めるために、口腔内にフッ素を“長時間留めておくこと”が重要となる。

橋本研究員は、「私たちは、歯の表面との親和性を高めることで、フッ素の滞留性を向上する画期的な技術を検討しています。新技術の機能を可視化し、生活者にわかりやすいエビデンスとして伝え納得してもらうことが、重要であると考えています」と話す。

「より納得感を持ってもらうために、実際の口腔内に近い状態で評価する必要があると考え、モデル化した歯の表面を使っています。評価方法は、モデル化した歯の表面のフッ化物イオン量を定量化し、特殊な顕微鏡によって歯の表面のフッ化物イオン分布を解析するという手法です。現在、新技術により歯の表面に一様にフッ素が高滞留化し、う蝕予防の効果を発揮している可能性が示されています」と、橋本研究員は笑顔を見せる。

「ライオンでは、多岐にわたる製品を開発しているため、各分野の知見を最大限に活用し、仮説の立案、評価、検証が可能です。幅広い視点から検討できるのは、強みかもしれません」(森垣研究員)

プロフェッショナルなチーム体制で追究する界面科学の可能性

議論や情報共有の機会を大切にするのはライオンR&Dのカルチャー

界面科学の学術的な研究では概念や技術的に未解明な領域での開拓を求められる場合が多い。一方、メーカーの研究はそれらの学術的な研究に広く目を配り、その知見を実生活で使う製品に応用、さらに製品の機能を可視化することで、いかに生活者に納得感を持ってもらえるようにするかが大きな役割である。

「微細なナノスケールでは差がある場合でも、製品の機能には全く反映していない事例もあります。界面の可視化技術の活用によって機能に反映されているかどうか、生活者にとって有用なものかどうか、常に確認をしながら研究を進めています。」と、橋本研究員は語る。

森垣研究員も、「学会や論文などから、学術的な最先端技術の動向を確認することは重要です。さらに、製品を通じて生活者に貢献するメーカーの研究員として、先端技術をそのまま取り入れるのではなく、生活者に納得感を持ってもらうために、我々の視点や考え方に合わせてカスタマイズしていくことを常に意識しています」と言い添える。

ライオンでは界面科学を製品分野の領域で分け、メンバーごとにコア技術を設定する体制をとり、それぞれのメンバーが「担当領域のプロフェッショナル」として界面科学を追究している。そこで得られた知識を結集し、他分野へと展開することで、ライオンならではの製品開発に繋げている。

「チームミーティングは情報交換の場として重要視しています。研究のスケジュール確認の場ではなく、各メンバーのアイデアを吸い上げる場であるべきという共通認識をベースに、プロフェッショナルとしての自覚を各々が持ち、若手も中堅も関係なく活発に議論しています。ディスカッションでは私自身も学ぶことが多く、かなり刺激を受けています。自社の研究員はもちろんのこと、大学や他企業を含めた研究の架け橋となり、新たな界面科学への可能性を生み出すことが、リーダーとしての自分の役割であると考えています」(森垣研究員)

界面科学のプロフェッショナル集団としての誇り、そして歩みを止めない研究姿勢

ライオンの界面科学を支えるプロフェッショナル集団は、これからも進化の歩みを止めない

100年以上にわたり界面科学領域をみがいてきたライオンが、こだわりを持って取り組んできた「界面状態の“可視化”」は、研究員一人ひとりの「生活者に信頼して使ってもらえる製品をお届けしたい」という思いがベースとなっている。

「私自身は、衛生分野での可視化を中心に担当しています。最近ではハミガキ中の成分がウイルスの働きを失わせる、いわゆる不活化効果を示すことを見出しました。今後は、このとき有効成分が表面に対してどのように作用しているのかを可視化し、その効果を本質的にとらえたいと考えています。生活者の困りごとの解決に関わる本質を見出し、ヒントへと繋がったとき、大きなやりがいを感じますね」と語るのは、関根研究員。

その言葉に頷きながら、須藤研究員は今後の展望について力強くコメントを添えた。「我々、界面科学のチームは、製品機能の可視化によって、生活者の製品に対する期待感や納得感を高め、ライオンの幅広い製品分野で培った界面科学の知識や経験を総動員し、独自性・効果実感の高い製品に繋がる技術を生み出し続けられる存在になりたいです。界面科学のプロフェッショナル集団として頼られる存在であるためにも、今後も研究の歩みを止めず、常に挑戦とアップデートを続けていきます」

人々のより良い毎日に貢献する製品づくりを邁進するライオンにとって、界面科学は源泉となる技術。これからも地道に、確実に。ライオンは界面科学と真摯に向き合いつづけていく。

・所属は取材当時のものです(2022年5月取材)

プロフィール
森垣 篤典
香料に関する研究を経て、ライオングループの多彩な製品のベースである界面科学技術を担当。界面科学に関する検討全般を担う。
関根 由可里
口腔に関する基盤研究を経験し、生体を中心とした界面科学領域を担当。
橋本 遼太
分析技術の研究を経験し、オーラルケアを中心とした界面科学領域を担当。
須藤 慎也
ホームケアやビューティケアを中心とした界面科学領域を担当。