pH・粘度測定業務の自動化ロボット
サンプル容器の開閉から、測定、測定機器の洗浄と乾燥、取得データ送信までの一連の工程を自動化。最大60サンプルの連続測定が可能。このシステム導入により、研究員の1日の業務時間の最大4割程度費やすこともある評価業務時間を削減し、新たな価値づくりに向けた活動時間を創出した。
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重要な業務だからこそ自動化する
ライオンが開発する製品は多岐にわたる。洗剤ひとつとってみても、目的や使用場所、使用方法は様々だ。
液体洗剤は、pHと粘度が性能の鍵を握る。たとえば、衣料用洗剤ではpHは衣類の汚れ落ちなどに影響する。また生活者の使いやすさを考えて、粘度が設計されている。台所用洗剤は適度に粘度を高くすることで、水のように流れることなくスポンジの中に留めることができる。一方、衣料用の柔軟剤では、粘度が高すぎるとボトルからキャップに柔軟剤を移すのに時間がかかり、生活者のストレスに繋がることがある。
そのため、実際の製品開発の現場では、pHと粘度の測定は欠かせない定常業務である。製品を開発する過程では、数多くの候補組成を設計し、ほぼすべての候補組成についてpHと粘度を測定する必要がある。また、組成の方向性が定まった後も、保存期間によって、求める性能が発揮されるかを確かめるが、20種類のサンプルを5つの条件に振り分けると、100種類のサンプルの測定をすることになる。
これまで、ライオンの研究所では、pHと粘度の測定をひとつずつ人の手で行ってきた。多い時には、半日以上の時間が測定に費やされる。ひとりひとりの時間を積算していくと、pH・粘度測定にかかる時間は年間5,000時間以上になることもある。
研究開発部門全体のDX戦略推進を担当する森部員は、数ある業務のうち、pH・粘度測定を選んで自動化に取り組んだ理由を次のように話す。
「pHと粘度の測定は開発において重要な業務です。しかし、あまりに量が多いため、効率化が必要と考えました。測定項目を減らすことも考えられますが、それでは製品の品質を守ることができず、生活者に安心して製品を提供することができません。重要な業務だからこそ、測定項目や条件などを減らすことなく、自動化によって効率化を図るべきだと考えました」
研究員の経験を数値化し、プログラムに反映させる
pH測定だけであれば、自動で測定できる装置は市販されている。しかし、粘度と同時に測定できる装置はなく、新たに開発する必要があった。なぜ、単独ではなく「同時測定」というより難しい課題に取り組むことにしたのか、その理由を森部員は次のように語る。
「ライオンの研究所では、pHと粘度は一連の流れとして測定することがほとんどです。そのため、片方だけを自動化しても業務の効率化は図れないと考えました。実は、このプロジェクトの前に、液体製品を容器に分注し、蓋を締めてサンプルを作る協働ロボットを開発していました。このロボット導入により、容器に分注する時間が大幅に短縮されるはずでしたが、研究員からは「すべての業務を一貫して行ってほしい」と要望が上がってきました。というのもサンプルを準備する業務には、容器への分注と蓋閉めだけではなく、条件が記載されたラベルを貼るなどの細かな作業も必要です。一連の工程の中で一部だけ自動化しても、結局研究員によるサポートが必要となってしまうため、あまりメリットを感じてもらえない結果となりました」
そこで今回は、測定するサンプルをセットし、ロボットをスタートさせたら、pHと粘度の測定が自動で行われ、測定完了後には結果が研究員のパソコンに届くシステムの開発を目指した。
ロボットの装置自体の開発は外部の専門メーカーが担当するが、どのようなロボットであれば現場の役に立つのかは、実際の研究に携わっていなければわからない。森部員や須田研究員の現場経験はもちろん、他の研究員の意見も取り入れながら、これまで経験的に行っていた動作をひとつひとつ洗い出して数値化し、ロボットに適用して調節することを繰り返した。
「たとえば、人の手でpHを測定する場合、使用した電極は洗い、傷つけないようにしながら水分を拭き取る必要があります。そのような繊細な動作はロボットでは再現しにくいため、空気で水滴を吹き飛ばす仕様にしました。どのくらいの強さで何秒間乾かせばいいかということは全くわからなかったので、何度も試行錯誤を行いながら、最適な条件を探しました」(須田研究員)
粘度計に関しても、微調整を繰り返した。粘度計による測定ではサンプルにスピンドルと呼ばれる棒を差し込んで回転させ、スピンドルにかかる力から粘度を測定するが、サンプルに気泡が混入すると、正確に測定することができない。そのため、手動の場合は、手でサンプルが入った瓶を傾け、スピンドルを斜めの角度で入れることで気泡が混入しないように調整していた。しかし、ロボットでは瓶の角度をつけることが難しかった。そこで、スピンドルの回転と挿入・取り出しの速度を変更することで、サンプルに気泡が入らないように調整し、動画を撮影して確認する作業を繰り返していった。
「地道な調節の繰り返しです。最初の頃は予想外の不具合が起きました。たとえば、ロボットが開けたサンプルの蓋は特定の場所に置かれるはずですが、あり得ない場所に転がっていることもありました。そんなときは、転がった蓋の位置をもとに、一体何が起きたのかを現場検証して原因を推察しました」(須田研究員)
正常に動作するようになっても、測定結果が正確でなければ意味がない。人の手で測定していたときの結果と比較し、慎重に精度を高めていった。さらに、研究員が業務の中で積極的に活用しやすくなるよう、現場のニーズにはできる限り答えていった。その努力の甲斐もあって、今ではこのロボットは研究業務には欠かせない役割を担っている。
担当製品を越えて研究員の悩みを共有するきっかけに
社内のDX推進にかかわる仕事は、製品開発とはまた違うやりがいがあると、ふたりは語る。
「今回のプロジェクトで、他の製品を担当する現場の声を聞く機会が増え、実際にどのような悩みを抱えているのかがよくわかりました。もともと担当製品を超えたコミュニケーションはありましたが、今回のロボット開発がきっかけで、より密になったのではないかと思います。ロボットを活用することで研究を進めやすくなったと言う声を聞くと、とても嬉しいです」(須田研究員)
「pHと粘度の測定が業務時間の多くを占めていることは、入社したときから課題に感じていました。今回、いろいろな人の助けを得ながら、この課題を解決できたことは達成感に繋がりました。今後はさらにアップデートしたロボットの導入や、AIによるデータ活用など、さらにDXを進めていきたいと考えています」(森部員)
【PICK UP】 pH・粘度測定ロボット導入に対する現場の声
- 全体統括 森部員
- ファブリックケア製品の開発を担当後、現在は研究開発全体のDX戦略推進を担当。
- 開発担当 須田研究員
- 入社からリビングケア製品の開発を担当。