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現地の空気に触れてわかった、真の使用環境。その国ならではの価値観、生活習慣まで理解を深め、研究に活かす
インドネシアは経済成長がめざましく、パーソナルケア製品では「少し良いものを買おう」という意識が年々強まっている。中でもスキンケアは注目を集める市場で、とりわけ美白ニーズが高まりつつある注目のマーケットだ。ライオンでは、現地生活者の声を捉えた製品を開発したいとの思いから、フェイスケアシリーズ「POISE」の開発プロジェクトをインドネシアの関係会社と協働でスタート、フェイスケア市場参入に挑戦した。開発当初は、シリーズのコアアイテムとして、顔用デイクリームの開発に着手した。
「以前より、現地生活者の美白に対する意識やニーズをキャッチアップしていました。これらを具現化する新たな開発では、これまでの日本向けビューティケア製品の開発を通じて得た知見を活かせるのではないかという思いを持ちました」そう語るのは、リーダーを務めた川口研究員。
グローバル製品の開発には日本向け製品とは異なる課題が生じる。その一つが、その国ならではの価値観や生活習慣、生活環境の違いを知り、カルチャーギャップを理解すること。しかし、当時の社内では現地の治安を懸念する意見も多く、現地に訪問する頻度はかなり限られたものとなっていた。
川口研究員は、上司や関連部に何度もかけあい、幾度もの説得を続けた。現地の関係会社からの全面協力もあったことで、現地の治安や安全性に対する社内の意識も少しずつ変化し、出張体制が整備されていった。そして研究員の出張が徐々に可能となり、現地生活者の実態を目の当たりにできるようになった。
「訪問前は、インドネシアは雨季があり、四六時中暑い国と思っていました。しかし実際は、外はジメジメと蒸し暑いにも関わらず、室内は冷房が強く極寒で、日本の実験室で作り出した高温多湿環境とはまるで違いました。実際に訪問したからこそ、生活者のリアルを感じることができたのだと思います」と、現地の環境を体感した渡部研究員は話す。
「多くの日本人は洗顔後に化粧水や保湿剤でケアを重ねますが、現地はデイクリームのみで済ませることも多いです。肌の状態やケア方法も全く別物でした」と語るのは、同じく何度も現地を訪れた二宮研究員。オンラインや電話では伝えきれない、空気感や人々の動きに実際に触れることで、研究員は大きな発見を得られたのだ。
予想外の“トーンアップニーズ”が浮上し、繰り返した微調整
開発チームは、現地生活者のスキンケア製品の使用実態や嗜好性などをより正確に把握するために、アンケートやインタビュー調査を実施。使用感や性能評価を繰り返した。
その結果見えてきたのは、使用直後から素肌のように感じる「さらっとした感触」へのニーズ。加えて、日本とインドネシアの「肌のトーンアップ」に対するイメージが大きく乖離していることも判明した。
二宮研究員は当時を振り返り、「日本の女性はスキンケアの後に化粧下地で肌色を整えますが、インドネシアの女性はこのデイクリームのみという使い方をすることが多いのです。そのため、日本のような肌そのものにアプローチするトーンアップ効果に加えて、化粧下地のように塗った瞬間に肌が明るく見えるくらい、即時的なトーンアップ実感が求められていたのです」と話す。
現地の求める“トーンアップ実感”の実現に向け、最初は日本人研究員の肌色をベースに作ったプロトタイプを現地生活者で試してみた。しかし想定以上に色が合わず、不自然なほど白くなってしまう結果に。そこで現地生活者のバリエーション豊富な肌色に合わせ、暗い色から明るい色までを再現した色モデルを改めて作製し、それに合わせながら白浮きしない自然な色味になるよう、各種粉体の配合量や配合比率の微調整が何度も繰り返された。
トーンアップ効果の検証も、現地向けに評価法をアレンジ
肌へのトーンアップ効果に関しては、50種類以上の成分からスクリーニングを重ねることで配合成分が検討された。その結果、中国伝統植物の一つ、アルピニアカツマダイの種子から抽出したエキスが、高い効果を持つことを確認した。
「トーンアップ成分の効果はヒトの皮膚モデルでは確認できたものの、現地生活者の肌でも同様の効果があるかまではわかりませんでした。そこで現地生活者を対象として、一定条件で日焼け跡をつけた肌に同エキスを配合したクリームを使用し、使用前後で肌の色味が変化を確認するための調査を実施しました」と渡部研究員。
この調査は現地大学や外部評価機関と共同で実施したが、同じ試験条件でも結果に大きなずれが生じ、正確な評価ができないという問題が生じた。インドネシアには多様な民族が存在することから、元々の肌色に加え皮膚の紫外線感度も異なっていたのがその原因だった。
「肌の焼けやすさの違いが結果のバラつきに繋がっていたというのは、日本人の肌を対象にした製品開発では気づくことができなかった、グローバル向けの製品開発ならではの課題でした」(渡部研究員)
その後も現地の研究員と協働し、徹底した原因追究と最適な試験方法の検証を繰り返すことで、現地生活者の肌や実態に適した評価法を確立。1週間連続使用によるトーンアップ効果を確認することができた。
長年の基盤研究をベースに、理想的な使用感を目指して現地独自のアレンジを加える
インドネシアの女性は、顔周りに頭髪を隠すための布(ヒジャブ)を着用しているケースが多いため、べたつきのない「さらっとした使用感」が求められる傾向にある。
「現地ではオイリーでべたつく使用感は非常に嫌がられます。日本の一般的な製品と同じようなテクスチャーでは『べたつく』と感じられてしまう場合もあるため、油分のバランスや乳化技術などに工夫をこらしました」(川口研究員)。
現地生活者に受け入れられるような、さらっとした触感を実現するために注目したのが、石けん乳化の技術。今の日本の製品では使われることが少なくなった、昔ながらの技術の活用だ。
「石けん乳化は教科書でしか触れたことがないほど昔ながらの技術だったため、かなり昔の社内情報も調べ直しました」と加藤研究員は振り返る。
開発における工夫はこれだけにとどまらず、理想的な触感をさらに追求し、石けん乳化技術にシリコーン粉体などを組み合わせることで、肌上での滑り性をより高めることに成功。昔ながらの技術をベースに、これまでにない独自の機能成分を組み合わせることで、インドネシア生活者の嗜好性に合わせた使用感を実現した。
「POISE」から広がる、さらなるグローバル製品開発
試行錯誤の末に生まれた「POISE」のデイクリームは、確かな使用感と効果実感で順調に売上を伸ばしている。現在は清潔志向の高まりに対応した抗菌タイプをはじめとする、機能別の洗顔剤4種もラインナップに加わり、インドネシアにおけるスキンケア製品の開発はさらに進化を続けている。
「新しく参入した市場でも盤石な地位を築いていきたいという思いで、現地研究員とともにラインナップ拡充を目指しています。実際、製品ラインナップが豊富なブランドほど棚に広く陳列され、売り場での存在感がより際立つ傾向があり、グローバル製品においてラインナップ拡充は重要課題です。競争や市場変化が激しい中で、現地研究員との連携を図りつつ、いかにタイムリーに現地生活者の声を吸い上げ、製品開発に繋げるかがグローバル製品開発のポイントだと考えています」と、加藤研究員は話す。
現在も引き続き「POISE」を担当する石井研究員は、今回の開発を通じて得た技術や知見をさらに発展させ、「より幅広い製品開発に繋げたい」と日々の研究活動を続けている。
石井研究員は、「日本人同士なら雰囲気や表情で意図が伝わる場合もありますが、異なる文化の人とものづくりをする際はそれが通用しないため、正確に相互理解できるまでとことんコミュニケーションを図る重要性を学びました。現地には日本の製品開発現場では当たり前のように使っていた分析装置がない場合もありましたが、それに対処するうちに、限られた期間と研究環境の中で答えを導き出す“仮説構築力”も磨かれたと実感しています。今回の開発ノウハウを進化させ、日本を含め様々な国で受け入れられるスキンケア分野の製品開発の機運をさらに盛り立てていきたいですね」と意欲を見せる。
その言葉通り、今回の開発を通じて得られた生活者理解、そして新たな技術的な知見は、「POISE」ブランドの製品拡充だけでなく、他ブランドから発売されたカラーコスメの開発にも活かされている。
ライオンは長年の製品開発で培われた基盤研究を活かしながら、現地と協働したグローバルな研究開発をさらに加速していく方針だ。ライオンの研究開発が実現したいのは、より良い生活習慣づくりで国を越えて多くの生活者の毎日に貢献すること。すべての研究員がこの思いを胸に、研究を続けている。
・所属は取材当時のものです(2022年5月取材)
- 開発リーダー 川口 尚子
- 基盤技術研究を経て、日本向けオーラルケア、ビューティケアの研究開発を経験後、現在はグローバル向けハミガキの開発を担当。
- 開発担当 二宮 幸治
- 入社以来、ビューティケア製品の開発を担当。
- 開発担当 渡部 香織
- 入社以来、ビューティケア製品の開発を担当。
- 開発担当 加藤 佐和子
- 基盤技術研究を経てビューティケア製品の開発を担当。
- 開発担当 石井 真悠子
- 日本向けのビューティケア製品の開発を経験後、現在はグローバル向けビューティケア製品の開発を担当。