生活者にひたすら向き合うことで浮かび上がった、「洗浄力とその使用実感」
「新人時代、開発した製品の生活者インタビューの中で、『この製品を使っている理由は、おまじないみたいなものだから』という声を聞いたことがありました。製品の機能を裏付けるデータもあり、自信を持って世に送り出していたはずの製品の良さや開発意図が、しっかり生活者に伝わっていないことにショックを受けました。その経験から、自分たちの理想だけではなく、日常の生活になじむ“生活者視点の提案”をしなければと肝に銘じてきました」そう語るのは宮島研究員。「CHARMY Magica 一発洗浄スプレー」の開発も、このときの心残りが発端となっていた。
「台所用洗剤の実態を把握するために実施している生活者へのインタビュー調査では、現状の台所用洗剤に求める機能として『洗浄力が高いこと』を挙げる声が多く、今よりも高いレベルの洗浄力が求められていました。開発側からすれば、ちゃんと汚れが落ちる製品を開発しているにも関わらず、常にニーズとしてより高い洗浄力が挙げられる状況にギャップを感じていましたね。そこで、それならばいっそ、油汚れに特化させた今までとはまったく違うレベルの高い洗浄力と、それを実感できる製品をつくればいいのでは?と思ったんです」(宮島研究員)
食器洗いは、労力と時間のかけ算が必要となる。“生活者に伝わりやすい使用実感”をとことん突き詰め、導き出されたのが、手間と時間をかけず「こすらずにこびりついた油汚れが落ちる」という、圧倒的な洗浄力であった。これまでは、食器や調理器具などに付着した頑固な汚れは、洗剤をつけたスポンジで何度もこすって洗剤を浸透・乳化させて落とすのが一般的。それは、物理的に何度も繰り返しこする作業をなくしつつ、十分に乳化させて汚れを落とすことは非常に難しい技術だからだ。そこで、その実現に向けて、「洗剤の組成」と「容器」の2つからアプローチをした。
挑戦は研究の基本。新人だからこそ任せた、組成開発の大役
この洗剤の組成開発にあたり、宮島研究員が注目したのがその年に入社したばかりの神村研究員。
「入社した年の秋頃に、宮島さんから『固まった油もかけるだけで落とせるような洗浄技術の開発をしてみて』と言われ、ちょっとした自由研究のような感覚で、ワクワクしながら検討をはじめました。とはいえ、まだ1年目だったので製品の開発経験は浅く、宮島さんをはじめとした先輩方にその都度アドバイスをもらいながら進めました。経験が浅いからこそ、従来の枠組みにとらわれず、広い視点で洗浄力を追究できたのではないかと思います」と、屈託なく笑う神村研究員。
宮島研究員は「おそらく本人としては『これを入れたらいいんじゃないか』と考え、あれこれ成分を組み合わせているのですが、逆に洗浄力低下の可能性がある組成や、洗浄力は高いが安定性が悪い組成になっていることもありました。そのような成分は抜いたり、安定性を高めるために別のアプローチを模索していたりするうちに、どんどん良い組成へとブラッシュアップされていきましたね」と振り返る。
入社したばかりの新人に大役を任せたのにも、理由があった。
「より良い製品をつくるのに、研究員の年齢や開発経験の有無は関係ないと思っています。僕自身も入社後、実際の業務を通じて界面科学や洗剤に関する知識を深めていき、現在では台所用洗剤の開発リーダーとして多くの製品開発に携わっています。実務の中で学ぶことの大切さを自分でも経験してきました。また、これまでとは全く異なる洗剤を目指すからこそ、従来の開発の固定概念にとらわれない自由な発想ができる“新人”の神村さんに開発初期の組成開発から任せることにしました」
研究所内にチャレンジ精神を支えるカルチャーがあったからこそ可能だった、思い切った挑戦。
「既存のやり方にとらわれずにチャレンジする大切さを学びましたし、もっともっと洗浄力を高めたい!と楽しんで研究をすることができました。自分の中のアイデアを具現化したことで自信にもつながりました」(神村研究員)
過去の知見と研究員の追究を続けるマインドで、生活者に安心を届ける
新製品や技術の開発では、成分の種類と量が絶妙なバランスで成り立っていることから、1日に何百種類の組成を試すことも珍しくない。
神村研究員は、過去の研究データを入念に調べ、開発初期段階から失敗と成功を重ね、ブラッシュアップされた組成を考案。決め手となったのは、海外向けの製品開発の技術・ノウハウだった。ライオンには国内の枠を超えた広い視点で検討した研究データが蓄積されており、それこそが既存の枠にとらわれない組成への道筋となった。
「洗浄力を高めれば高めるほど手荒れの心配も増すのではと指摘されることがあります。これに対しては、1970年代に発売し、高い洗浄力を保ちつつ手荒れしにくさを追究したママローヤル※の開発データや知見を活かせば大丈夫という自信がありました。手荒れの原因は手の脂が取り除かれるだけでなく、手のタンパク質の変性が関わっているというデータ、洗浄力と手荒れ負担軽減を両立する組成の検討結果などが豊富にあったからです」と宮島研究員。
ライオンの幅広い技術データの応用と徹底した検討の繰り返しにより、生活者の小さな不安やニーズにまで対応する。それが、生活者が安心して使える製品提案の自信へと繋がった。
※ママローヤル
台所用洗剤による手荒れに対し関心が高まっていたことを受けて発売された、「高い洗浄力と手肌に優しい低刺激性を両立」という、これまでにない新たな価値を提供した製品。
容器形状からも新たな使い方を提案。同時に、生活者視点に立った安全性を追究
できあがった試作品で社外生活者調査をしたところ、使用意向は90%超えと高評価を獲得。さらに、他の部所で試作品を使用してもらった際は、辛口評価で有名な社員に、「汚れ落ちってわかりにくいと思っていたけれど、これは汚れが落ちる実感が持てるね」とお墨付きを得ることもできた。
「これまでの製品とは一線を画した洗浄力であることに一定の自信はあったものの、リアルなコメントをもらえたことで、きちんと“洗浄力の実感”が出せたのだなと嬉しかったです」と宮島研究員は微笑む。
一方、これまでにない洗浄力の実感を追求するにあたり、組成に加えて工夫したのが容器形状だ。「CHARMY Magica 一発洗浄スプレー」は、高濃度の洗浄成分を狙った汚れに直接噴霧できるように、スプレー型容器を採用。そのため、一般的なボトル型容器の台所用洗剤とは異なる視点での確認・検証も必要だった。
「CHARMY Magica 一発洗浄スプレー」は、油汚れに対する高い洗浄力から、食器以外にもコンロをはじめキッチン回り全体の油汚れを使用範囲として設定しており、様々な材質に対して影響がないかを細かく確認していった。また、ボトル型容器と違い、スプレー型容器洗剤がミスト状に出るため、ミストを吸い込むリスクなども考えられる。既存のボトル型台所用洗剤の範疇を超えて、より多くの使用シーンの想定が不可欠となっていた。
チェック項目の洗い出しを担当した神村研究員は、「まずは当社が開発したことのあるスプレー剤、例えばお風呂用洗剤などの情報をくまなく収集することから始めました。また、自分が生活者ならどのように使用して、どんな想定外の行動をする可能性があるかまでイメージしながら幅広くチェック項目を洗い出し、1つ1つ評価することで安全性を確認していきました」と語る。
チェック項目の洗い出しは、研究員自らの生活者としての経験や視点が必須。地道な検討が連日続いた。
「毎日ひたすら噴霧して、詰まりや液だれの有無などをチェック。容器開発の研究員と連携して、容器のトリガーの形状やトリガーから噴霧されるミストの粒子径の検討などをひとつずつ微調整し、並行して洗剤の組成もブラッシュアップを繰り返しながら、最適な組み合わせを見つけていきました」(神村研究員)
人の役に立つものづくりのために、こだわりを持って研究しつづけたい
無事に製品が発売され、両研究員は今回の開発で抱いた思いを振り返る。
神村研究員は、「“使用実感”という言葉は、入社してからよく聞くようになった単語ですが、自分自身、使ってみて『あ、これいい』と感じた商品の方がリピートしてるんですよね。そのことに気づいてから、生活者が実際に使ってみてどう感じるか、使用実感を常に意識しながら研究開発をするようにしています」と、新たな手応えを掴んだ。
宮島研究員も「自分が開発した製品に対して、生活者から良いコメントをいただいたり、店頭で手に取っている姿を見かけると嬉しいですね。今までは様々なニーズを満たすバランス型の製品をつくることが多かったかもしれません。今回開発した『CHARMY
Magica
一発洗浄スプレー』はひたすら生活者を見つめ、“油汚れに特化したこれまでにない洗浄力”にこだわって開発しました。だからこそ、難しいとされていた洗浄力の使用実感につながったと思います。実際、これまで様々な製品開発に携わってきましたが、イチ生活者として自分も使用してみて、汚れ落ちでこんなに感動や驚きを感じたのは初めてです。
この開発を通じて、生活者の視点を忘れず、使用実感にこだわり抜いて研究することの大切さを改めて学びました」と、充実感と自信にあふれた表情を見せた。
ライオンの研究開発が目指すのは、生活者が使用して“良い”と思える製品づくり。そして製品を通じて、より良い習慣をつくり、人々の毎日に貢献すること。この使命を胸に、今日も研究は続けられている。
・所属は取材当時のものです(2022年5月取材)