私たちは、体内や生活空間に存在する様々な微生物と一緒に暮らしています。う蝕や歯周病、皮膚疾患、ぬめりや悪臭の発生など、不具合に関わる有害な微生物だけではなく、ヒトにとって有益な微生物が存在することも明らかとなりつつあります。これまでは、微生物が関連する不具合を排除して対処する考え方が主流となっていました。しかし、微生物を完全に排除することは困難であるとともに、有益な微生物の排除がむしろ不具合を引き起こす場合や、同じような微生物が再度定着することで、不具合が繰り返されると考えられています。近年は、微生物を排除するのではなく、ヒトにとって有益な微生物とバランスの取れた共存関係を構築(菌叢※1制御)することで、一時しのぎではない不具合予防を目指す考え方が広まりつつあり、当社はこの考え方の下、菌叢制御に関する研究を進めています。
これまでの環境中に存在する微生物の調査は、対象となる数十~数百種類に上る集団から、各菌を単離したうえで、遺伝子解析する手法が一般的であり、膨大な数の菌種を網羅的に検出することは困難でした。
しかし、近年、高速かつ大量に、同時に複数の遺伝子配列を解読する装置である「次世代シークエンサー」が登場したことで、数多くの微生物を単離することなく、微生物の遺伝子配列を網羅的に同時に解析することが可能となりました。当社は、この装置を活用した遺伝子解析を進めることで、これまで未解明であった生活空間やヒトの体に共存している菌叢の種類や機能、実態を把握し、制御する研究を進めています。
洗濯槽の悪臭の実態を解明するため、次世代シークエンサーを活用した菌叢解析技術により、洗濯槽に存在する細菌叢を網羅的に解析しました。その結果、調査した全14台の洗濯槽からマイコバクテリウム属の細菌を検出しました(図1)。これまでに、洗濯槽にマイコバクテリウム属の細菌が存在していることを解明した事例はなく、世界で初めての発見でした。さらに、検出したマイコバクテリウム属の細菌と洗濯槽の悪臭との関連性を検証しました。その結果、マイコバクテリウム属の細菌の培養により、バイオフィルム※2の構成成分である多糖の量が増加するとともに、洗濯槽の悪臭の原因物質である硫黄化合物の発生量も増加することを確認しました。これらの結果から、洗濯槽にはマイコバクテリウム属の細菌が存在し、それらの菌が悪臭の原因であることを解明しました。本研究は、バイオフィルム中の多糖を分解する酵素を配合することで、洗濯槽のバイオフィルムを分解・除去し、悪臭の発生を抑制する衣料用液体洗剤の開発に活用され、現在では他の生活空間の菌叢研究に繋がっています。
菌叢解析研究では、口腔内に存在する菌叢(口腔細菌叢)にも着目し、乳幼児と対象とした調査を実施しています。特に、乳幼児の口腔ケア開始の目安となる時期を明確化すること目指し、生後1週間から3歳までの乳幼児の口腔細菌叢を経時的に調査しました。その結果、成長とともに微生物の存在比率が変化し、両親の持つ口腔細菌叢に近づくこと(図2)、親子間では非親子間と比較して、口腔細菌叢の類似度が高いことを確認し※3、共同生活をする両親の影響を受けて口腔細菌叢形成が進む可能性が示唆されました。さらに、両親から共通して検出される主要な口腔細菌※4のうち約75%が、乳歯が生え揃う前の生後1歳半の時点で検出されることを明らかにしました(図3)。その中には、口臭の原因物質の産生や歯周病発症への関与が示唆されている菌種であるFusobacterium nucleatumも含まれていました。これらの結果から、乳幼児の将来の口腔疾患リスクを低減するためには、周囲を取り巻く大人の口腔内を健康な状態を保つことや乳歯が生え揃う前からケアを開始し、口腔環境を清潔に保つことが重要であると考えられます。今後も、口腔細菌叢に着目し、口腔疾患との関係性を明らかにすることで予防歯科の普及・啓発に繋げていきます。
菌叢解析技術はさらに進化しており、検出される微生物の種類の細かな特定や、環境中に存在する遺伝子を網羅的に検出する方法も開発されつつあります。今後もこれらの技術を活用し、ヒトと共に共存している菌の実態を明らかにし、人々の健康で快適、清潔・衛生的な暮らしの実現に貢献していきます。
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