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歯みがき習慣の啓発活動

今振り返って見ると、当社がよくここまで信念を貫き通したものだと思われる活動があります。その中の一つ、今回はとても息の長い歯みがき習慣の啓発活動についてです。

寝る前の歯みがき

当社の前身の小林富次郎商店は、1896(明治29)年ハミガキ市場に、1909(明治42)年にハブラシ市場に新規参入しています。そして、やがてこの事業の基盤を強化するために、様々な口腔衛生思想の啓発普及活動を展開することになります。
啓発活動で小林富次郎商店が説いたのは1889(明治22)年に提唱されたミラー学説を根拠としたむし歯予防です。つまり、「むし歯の発生は歯の表面についた糖類が口腔内の細菌によって発酵されて有機酸ができ、この酸のために歯が脱灰されて起こる」というものです。従って、一貫して口腔内を清潔に保つことを訴えました。
例えば、「真に歯の健康を欲する人は、必ず夜寝る前と朝起きた時と一日に二回ずつ歯を磨かなければなりません」「歯を磨くには、朝だけでは不十分です。必ず朝夕及び毎食後、特に夕食後には丁寧に歯を磨かなければなりません」などです。

1913(大正2)年6月21日付の東京日日新聞の広告では、「ライオン歯磨を使ふに最もよい時一昼間は物を食べたりお話したり声おもしろく歌ったり始終口を働かしますから歯も其の割合によごれませんが、夜ねる時は口中はまるで徽菌の温室となりますから寝る前こそライオン歯磨を是非使はなければなりません」と夜寝る前のハミガキを推奨しています。

ところで、当時は人々の間に「歯はみがくものだ」「歯はみがかなければならない」という意識がようやく浸透し始めた段階です。どのくらいの人が歯をみがいていたかよく分からない頃のことですから、まして「夜寝る前」ともなるとさらに分かりません。
ところが、児童については「岐阜県美濃尋常小学校における教育とハブラシ使用者の推移」調査(大正12~昭和9年、児童男女1,500人)のデータがあります。これによれば、1923(大正12)年の「晩のハブラシ使用者」は、わずか2.0%とあります。
また、「児童の口腔清掃状況調査」(大正14年5月、第1~6学年27,872人岡本清腰氏「学校に於ける歯磨教練の実際」)によれば

・朝1回みがく47.3%
・夜1回みがく1.8%
・朝晩みがく7.2%

とあります。ですから、この時期に「夜寝る前に歯をみがくこと」という提唱は、とても高い理想を掲げたことになりますね。

歯みがきカード 1930(昭和5)年

「寝る前の三分間物語」

「ねる前の三分物語」小冊子 1930(昭和5)年

1926(大正15)年11月5日、(株)小林商店は東京日日新聞に“ライオン歯磨煉製チューブ入” の広告を出稿しています。広告のコピーは「ねる前の三分間お寝みになる前の三分間だけ、必ずライオンハミガキでお磨き下さい。むし歯を防ぎ、歯を白くし、お顔の美を一層引立てます」とあります。このように寝る前という時間帯に加えて、三分間という時間の概念が入ってきました。ただみがくのではなく、ていねいに三分間みがいて欲しいとの願いを込めたものです。

「ねる前の三分物語」小冊子 1930(昭和5)年

「寝る前の三分間」を標語とした(株)小林商店は1928(昭和3)年、この標語が広く一般家庭に行き渡るようにと「寝る前の三分間物語」を懸賞募集しました。
これは小さいこどもに歯の大切なことや、むし歯の恐ろしいことを話して聞かせ、その結果、こどもが毎日欠かさずに歯をみがき、特に夜寝る前には必ずみがくようになる話を募集したものです。5,000余の応募があり、翌年、優秀作品を小冊子やリーフレットとして広く提供しています。

「ねる前の三分物語」文庫本 1933(昭和8)年

また1932(昭和7)年には、「寝る前に歯を磨け」を課題とした文芸作品を懸賞募集しました。 約12,000の作品の応募があり、当選49編、選外佳作221を編集し「ねる前の三分間物語」(文庫本定価50銭)として発行しました。掲載された作品は、寝る前の三分間にしなければならないことをまとめたもの、寝る前にこどもに語りかけておきたい物語、あるいは時代を反映した訓話などです。

我社推奨の口腔衛生実行

1935(昭和10)年、(株)小林商店は口腔衛生部の事業を紹介するために小冊子「ライオン歯磨口腔衛生部の事業」を発行しました。この中に、「我社推奨の口腔衛生実行」という文章が掲載されています。それまでの活動と方針を体系化したものとして注目できますので、一読してみましょう。

我社推奨の口腔衛生実行
歯並に一切の口腔疾患を予防し、又は口腔衛生状態を佳良にして健康増進を計る為め、我社は左記の数項を実行せられむことを推奨するものである。

(1)歯科医に歯牙保健上の指導を受ける事
こどもは三ケ月に一度、大人は一年に一回必ず健康診断を受けること。殊にこどもの六歳臼歯に注意して早期治療を徹底せしむる事。大人は歯石除去を励行し、歯槽膿漏を予防する事。ムシ歯を治療し咀咽を完全にする事。
(2)歯磨・歯刷子の選択・使用を誤らぬ事
歯刷子の選択は歯並に歯槽膿漏の予防に極めて大切である。歯ぶらしの使用方法は「上下」に動かして、上の歯は上から下に、下の歯は下から上に磨くのである。
(3)こどもの時から歯を磨く習慣を養成する事
此良習慣をこどもの時から実行すれば乳歯も永久歯も保護される。特に大切な六歳臼歯のムシ歯を予防する事が出来る。

小学校児童書き方の作品 1932(昭和7)年

(4)夜寝る前に歯を磨く事
これは歯予防の最良策である。朝磨くだけでは不完全である。ムシ歯は夜の睡眠中に出来るもの故、寝る前の三分間を利用して歯を磨いて戴きたい。
(5)常食に留意する事
全身的に、又局所的に歯の発生に影響のある食物に就て注意する事が肝要である。

「1,000万人大運動」

「寝る前の歯磨き」キャンペーンのチラシ類 1937(昭和12)年

(株)小林商店が1,000万人ものひとに対して、夜寝る前に歯をみがきましょうと呼びかけたキャンペーンは、1937(昭和12)年の「寝る前の歯磨50万人大運動一口腔衛生実行者50万人表彰一」という企画で始まりました。
これは6月4日が「むし歯予防デー」と制定されて10周年に当たるのを記念して企画されたもので、6月4日の当日、ラジオの時報を合図に「寝る前の歯みがき」を実行した人を表彰するというものでした。結果は、637,879人が「寝る前の歯みがき」を実行できたと自己申告して表彰を受けています。翌1938(昭和13)年には名称を「寝る前の歯磨100万人増加大運動」と変えて、さらに大々的なキャンペーンとなりました。そして、1939(昭和14)年には応募方式をやめて名称も「寝る前の歯磨1,000万人大運動」として展開されました。

1,000万人なんてとても大きな数字に思えますが、実はとても小さい数字なのです。なぜなら、当時の日本の人口は約7,300万人ですが、乳児や高齢者等を除いて歯をみがく必要のある人を6,500万人としても、その中の1,000万人に対して夜寝る前に歯をみがいて欲しいという目標だからです。従って、たとえ目標値を大幅に上回ったにしても、寝る前に歯みがきをしていた人の割合が少なかったことがお分かりいただけることでしょう。

1日2回歯をみがく

1957(昭和32)年に当時の厚生省により第1回「歯科疾患実態調査」が実施されました。
むし歯の蔓延が社会問題化した背景があって実施されたものですが、この種の調査が国家的な規模で行われたのは世界に類のないことで、日本の口腔衛生の歴史において画期的な出来事となりました。(以後6年毎に実施、現在も継続)
この調査で、日本人全体の約60%が毎日歯をみがいており、17%の人は時々歯をみがいており、残りの33%は全然歯をみがいていないことが分かったのです。
これ以前のことは、特に歯みがき行動についてのデータは限られたものになりますが、1947(昭和22)年の米国民と1950(昭和25)年の日本人との行動を比較した調査(竹内氏; 「口腔衛生学」永末書店)で確認しておきましょう。

図中①のように米国民の61.6%が1日2回以上歯をみがいていますが、日本人(千葉市民)では54.2%が1日1回です。また、②のように歯をみがく時間帯についてみると、「起床時」は米国民49.4%、日本人(千葉市民)69.5%で、一見日本人(千葉市民)が上回っているようにみえます。
しかし、「朝食後」は米国民34.0%、日本人(千葉市民)2.4%です。むし歯予防のことを考えると朝のはみがきでも米国民の方が優れています。「寝る前」の歯みがきは米国民の59.9%が実行しているのに対して日本人(千葉市民)では12.3%に過ぎません。

なお、ライオン歯磨(株)では1973(昭和48)年から独自に「歯みがきの実態調査」(東京都23区、家族2人以上普通世帯の55才までの主婦555人)を毎年実施していますが、歯みがきをする時間帯は下記の通りです。このように1979(昭和54)年に遂に「寝る前の歯みがき」が「朝の歯みがき」を上回りました。

1973(昭和48)年 1979(昭和54)年
起床後すぐ 69.6% 56.3%
就寝前に 55.5% 62.5%

 

歯みがきポスター 1966(昭和41)年

また、1987(昭和62)年、当時の厚生省による第6回「歯科疾患実態調査」で、日本人の歯みがきの回数は1日に1回38.55%、2回41.66%、3回以上12.99%となり、初めて2回以上みがく人の割合が50%を上回ったことが確認されました。
なんとか歯みがきをして欲しいと願った時代は終わりました。今、当社が目指しているのは歯みがきをしているかどうかではなく、本当にみがけているかどうかということです。そのために個々人の歯の状態に合ったきめ細かいブラッシングを指導しています。

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